
今日の食事は、もち麦ご飯と豚肉のみそ鍋。
主食のもち麦と鍋に入れる野菜類は全て自家産。
お米は毎年、知人が栽培している有機米で、豚肉は長野のから分けて頂いている「ありが豚」
どれも作り手の顔だけではなく、生き様と命「いただきます」がしっかり感じられる食材です。
ちなみに、私の食材の定義は、これからを長く生きていく若い人(子どもたち)が食し続けても心身ともに健やかに成長のできる食料の事をさします。油や調味料、何より食事をする環境(精神状態)はもっと大事だと認識している。その逆で悪影響を及ぼすものは食材ではなく他の欲求を満たすための嗜好品という感覚です。と、本質的なことをカッコよく述べていますが、たまに私もコンビニでVカットポテトやポテチとコーヒーを買って、キセルで一服しています。「医者(下医)に喫煙者が多いのも納得」とか言いながら(笑
今回は、私自身も現在は農業をして食材づくりに精を出しているので、そんな食と農畜産について筆を走らせたいと思います。
そもそも私が食と農に関心が高くなったのは、東京で企業人をしていて十二指腸潰瘍になったときでした。当時は観賞魚を扱う企業にて仕入れから店舗運営、週末や祝日には本店の店先にも立つというマネージャーをしていたので月に休みが2日しかない!そんな時代の末期を生きていたことを思い出します。食生活はおろか生活自体が不摂生だったことが原因なのは自己認識としてあり、体が悲鳴を上げてようやく限界に気がついた感じでした。
もう少し遡ると、母親は食品添加物の摂取をできるだけ避ける育児をしていたので、幼少の頃から適応できる体になっていなかったのかもしれません。今(自分が親になってみて)は感謝でしかありませんが・・・
日本の子どもだけが、世界中(特に先進国の基準)の子どもに比べてたくさん摂取しても平気なわけないよね?この話をするときりがなくなるほど現在の日本の情況(基準)は逸脱しているのでテーマに戻ります。
自分の体調がおかしくなってからは、当たり前のように生活=食の習慣も正し、すぐさま回復したのですが、27歳の時に息子が生まれました。子供が出来ると自分のこと以上に、環境や摂取するものに気をつけるようになったというのが第2の目覚め期にあたります。子どもは自分じゃ選べないから余計に
そんな息子が5歳、私が32歳のとき東日本大震災を東京で経験しました。
当時から現在においても、被災された方には心よりご冥福をお祈りいたします。
震源地からあれだけ離れた東京でさえ、今までに経験したことのない影響を受けました。
コンビニやスーパーからは食品が一瞬で消え、一時的な停電や電力不足を鯨飲に計画停電もありました。ガソリンは給油できなくなり、当時は車通勤だったので電車や自転車を駆使して対応。
お金をもっていても何も買えない・・・
正常に戻るまでに1ヶ月くらいかかったことを今でも思い出します。都市部の超消費&供給的な異常なまでのサイクルと諸刃の経済は、頭では多少理解していたもののいざそうなってみると切実でした。
日本人は表向きは平和なので、無関心かパニックかの極端な状態しか生まれないのも納得。
上記の経験までなら、日常生活や土地への愛着もそれなりの社会的役割も確立していたので、現在も東京に居続けたかもしれません。何より堪えたのは、近くの浄水場が放射能汚染の危険性があることから、子どもには飲ませないようにという行政からの通知とミネラルウォーターが2週間ほど配られたことに加え、当時息子が通っていた幼稚園では、園長がチェルノブイリに行っていたこともあることからこの原発事故を重く見て、園内でガイガーカウンター(放射線測定器)を用いた測定をしながら園のスケジュールを組み始めたことです。この2つが、私の当事者(被災者)意識と子を持つ親としての役割をより明確にしてくれました。
それから1ヶ月半ほど、国(環境省:原子力規制委員会)が公開するモニタリングデータと幼稚園からの連絡 (※結構ズレがあるのは、精度の問題より「何のため」がそもそも違うことに気づく)
自分なりの調査と分析をする日々が続きました。迷ったときの道しるべ「子どもに説明できる法を選ぼう」を規準にした結果、震災から2ヶ月足らずで岐阜に移住することにしました。
心の整理と社会的役割の整理は結構大変だったのを思い出します。しかし、人間の前にまず動物なので「空気・水・食」の安全より勝るものはないよね+こどもに悪影響が出て「なんで離れたところに連れて行ってくれなかったの?」と聞かれたときに返す言葉を見つけられることが出来ないだろうというシンプルな決断でした。大した情報収集能力も分析力もないので最後は「パスカルの賭けの理論」
そんな経緯と経験から、現在は清流の国(ぎふ)で自給力と生命力アップのための農業と余剰分をおすそ分けする目的での農業体験型イベントや飲食店を運営しています。
2025年4月1日に施行される新法「食料供給困難事態対策法」や令和の米騒動などが巷を賑わしていますが、国民全員が私の定義する食料を十分に摂取できる量なんてはるか昔から供給困難に陥っているし、米が不足(手元に届かない)する理由はもっと別の所にあるのは、少し調べれば把握できるし、生産現場に行って生産者に聞けばもっと確実にわかります。

私は、車やアスファルトを食べては生きられないし、腐海の森で生きるための防塵マスクも持ち合わせていない。薬や点滴から栄養を摂取したり抗体を付けるのはもっとヤダ。
自分が食材と認識でき、出来れば美味しいと感じられるものを口から取り入れたいと思う。


